官兵衛と光ゆかりの地

官兵衛と光ゆかりの地

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教信寺

天台宗の寺院で、本尊は阿弥陀如来です。
平安時代前期の僧、沙弥教信がこの野口に庵をつくりました。
念仏を唱えながら仏の教えを説き、お百姓の手伝をし、わらじを作って貧しい人に与えたり、旅をするお年寄りの荷物を運んだりして、大勢の人を助けたことから「荷送り上人」や「阿弥陀丸」とも呼ばれました。
庶民仏教の普及に努めた庵跡に建てたのが教信寺です。
境内の左手奥に教信上人廟があります。
春には、満開の桜が境内を彩ります。

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教信寺

加古川市

野口神社(野口城)

旧山陽道にある神社の主神は日吉(ひえ)大神で、比叡山延暦寺の守護神日吉大社から分霊をお迎えし、のちに四柱の神を合わせ祀ったという説もあります。
神社の西にある教信寺は延暦寺の末寺であることから深いつながりがあります。

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五社宮(野口神社)

加古川市

長楽寺

浄土宗の寺院で、和銅6年(713)慈心上人の開基です。高倉天皇が中宮建礼門院の安産を念じ、丹波老の坂の地蔵尊に祈願をされました。
すると、いとも簡単に玉のような皇子を拾いあげたことから、平清盛に命じて、全国六十余州の国々に一体ずつ安置させたものが、本尊の「木造地蔵菩薩半跏像(重要文化財)」です。
「谷の子安地蔵」として安産祈願に訪れる人が絶えません。春の桜と秋の紅葉も見事です。
※長楽寺は2011年9月4日の台風12号により甚大な被害を受け、本堂・阿弥陀堂等は土砂により全壊・流失してしまいました。現在は残ったお堂で法務を行い、復興に取り組んでおられます。

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長楽寺

加古川市

称名寺(加古川城跡)

真言宗の寺院で、本尊は阿弥陀如来です。寺の付近一帯は加古川城跡です。
天正5年(1577)太閤秀吉が糟屋の館へ立ち寄った折、当時の城主加須屋助右衛門は秀吉について小姓頭となり、賎ヶ嶽七本槍(しちほんやり)で武名をあげました。
境内には地人が憐れんで建てた南北朝時代の7人の武者の七騎供養塔があります。
山門を入るといちょうの大木があり、今は刈り込まれていますが、このいちょうの木は昔から加古川の町の目印でした。

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称名寺

加古川市

志方の城山

志方町の東の端に位置し、中世の城跡があります。
室町時代に赤松一族が築き、約170年間続いた東播磨で有数の城跡です。
軍用金埋蔵にまつわる歌や、敵の侵入を防ぐ目的で山腹に竹の皮を敷き詰めたが火を放たれ、兵糧米をまいて鎮火に努めたものの、落城に至ったという伝説が残っています。
登山道は整備され、頂上からは北に七ッ池、東に権現ダム、西に高御位山、南は播磨灘まで見渡せる絶景です。

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志方の城山

加古川市

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